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民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

筑前御殿神楽 清水


国譲り - YouTube

太刀舞 http://youtu.be/ALukqlGllGg

久米舞 http://youtu.be/i6We0AZPR8c

訪問:10月20日(月)19:00~@枝光八幡宮

 枝光駅から枝光本町へ向かい親しみの湧く商店街を通って、諏訪町の少し広い通りを緩く上がっていった先に、枝光八幡宮の鳥居と境内へ続く187段の階段が見える。現在の住所は北九州市八幡東区諏訪町。

 神社公式HPによれば、建久5年(1194)の下野(栃木)の宇都宮氏の鎮西の折、領内の守護神として宇都宮八幡大神を勧請し宮田山に祭祀したことが始まり。戦火によって社殿が焼失して後、寛永4年(1627)に現在の地に社殿が再建された。現在の社殿は大正7年に氏子の寄進によって建立されたもの。創建から800年以上の歴史を持つ。また八幡大神勧請以前から崇められてきた諏訪大神も合祀されている。「枝光」という名の由来は、記紀にも登場し遠賀一帯を領地としていた岡縣主熊(くま)鰐(わに)が、神功皇后新羅出兵の折、熊本山(現高炉台公園)で採った真榊の枝に鏡・剣・瓊(玉)の三つの宝を掛けて出迎えたことから、「枝光(枝三)」と称されるようになったといわれている。

 現在の「八幡」という地名は、明治22年(1889) 、ともに八幡神を祀っていた枝光村・尾倉村・大蔵村が合併したことから。

 

 

 筑前御殿神楽は、現在10月の約一ヵ月間と12月初中旬に旧遠賀郡鞍手郡の10数社を順に巡って奉納されている。枝光八幡宮では例大祭期間の10月20日に奉納。例大祭の日程は、19日子ども奉納相撲大会と神輿巡行、20日前夜祭での神楽奉納、21日本祭と直会、翌日は片付けとなっている。

 20日の19時頃、神社の境内には神職の方々の他、年輩の氏子さんらがぽつぽつと集まっていた。「東京から神楽を観に来たんです」というと神職方はじめ参列の方々も、一番に「これは神職のみによって舞われる珍しい神楽。お宮の中でしかやらないんだ」と教えてくれる。地元の人間でも氏子でも関係者でもないのに、社殿に入れるというのは中々ない体験だ。これまで見てきた例祭でも社殿の中は、外からほんの少し氏子総代や神職の背中が垣間見えるくらいだったし、見たい気持ちはあるもののそれが適正な距離だとは思っている。だから枝光八幡宮での体験は「ありがたき」ことだった。

 社殿の中は大きく三つに分かれており手前から、12畳程ある氏子・参詣者が控える板の間と、欄間を挟み一段上がった神職が控える間、細い階段を挟んで一番奥に神の間がある。氏子・参詣者の間と神職の間の間には奉納玉串などを供える木台が設けられ、欄間には八幡大神とともに祀られている諏訪大神と須賀大神の大きな額と三つ巴の紋が入った垂れ幕が掛かっている。神の間は青白い光に染まっていて、手前の間とは異空間の印象を与える。神楽はすべて神職の間最奥の神前からはじまり、氏子・参詣者の間(「座」というらしい)の前で舞われ、神前に返っていく。音は大太鼓と笛のみ。

 8名の神職が着席すると、神前にて清め祓いのための祓詞を奏上する「修祓(しゅばつ)」が行われ、宮司による一年の感謝と供物神楽奏上の宣言と今後の繁栄を祈念する祝詞があげられる。正確な順序を失念したが、座の清めと宮司、氏子、一般参詣者の玉串奉納も神楽奉納に先んじて行われる。氏子の各町代表者が玉串を奉納し、その町に属する人たちも後ろで起立しニ礼ニ拍手一拝を一緒に行う。一般参詣者の代表はその日神社に一番乗りした人ということで自己申告制だったのだが、ぼんやりしていたら中原神社の宮司さんに指さされた。

 奉納前に神社の下調べに来ており、その時準備中だったこの宮司さんにお忙しいところ幾つか質問させてもらったのだが、申告がなかったからかそれがカウントに入れられたようだ。動揺してうろたえつつ僭越ながら、人生初の玉串奉納をさせて頂いた。背後に人々の具体的な存在感を感じながら、社殿の最奥の神前に正対すると、日常の個人的な身体では立てないなという感覚になる。手を合わせる動作一つとっても、奉納に見合った身体というものがあるのだろうとその時思った。軸がカチッと合うというか。その身体になったときは自分の身体は入れ物のようになり、背後の人々と神前との道を滞りなく通す回路になるのだろう。そんなことを感じながらギクシャクしつつなんとかニ礼ニ拍手一拝し玉串奉納を終えた。

 

 神楽の奉納には神職による愉快な解説がつく。例年参加しているらしい方は解説担当の神職さんを名アナウンサーと呼んでいた。この日はちょうど福岡ソフトバンクホークス日本シリーズ進出をかけたクライマックスシリーズ最終戦で、その経過も交えながらの解説となった。

 順に、採り物を用いる榊舞、弓舞、太刀舞、久米舞からなる舞神楽と、神話を題材にした国譲り、天孫降臨、手力男、事代からなる面神楽とが行われる。湯立神楽が行われる場合もあるそうだが、今回訪問の枝光八幡宮での奉納では行われなかった。解説によれば古くはもっと演目数が多かったとのこと。資料には、今回見られなかった神の名や舞らしき名前が並んでいる。今回見た、現在行われている筑前御殿神楽の内容詳細は前掲筑前御殿神楽参考資料 清水 - 民俗芸能調査クラブ2014を参照。

 神職の控える神前と氏子・参詣者のいる座の二間を使い、座に囲まれた四角い場で舞われる。資料の図では四隅に甲乙丙丁と振られ、移動や回る順序が細かく示されている。舞神楽では、共通する回り方、移動の方向が多くみられる。これまで見てきた神楽の舞では、対角線上の移動や回るとしても四角の辺に沿った直線的な移動が印象として強かったが、筑前御殿神楽では比較的円を描くような回り方が多い。また、太刀舞、久米舞は中央のその場で速い速度でクルクルと非常によく回っていたのが印象的で、見ている人々から拍手も起こっていた。足の運びや回り方から全体的に上品、優美な印象を受けた。

 面神楽では、舞と問答の別々のシーンが組まれ演劇的になる。場面構成としては能に似ている。奥行きのある社殿の構造が面神楽では特に効いており、猿田彦神や鈿命が神前から一直線に座の方へ向かってくる様は迫力があり、面の効果と相まって人外の者がやってきた感が強かった。面は、現在使用されているのは江戸後期から明治初期にかけてつくられ、昭和50年代に修復されたもの。九面あるが、内二つは何の面なのか不明らしい。資料掲載の写真を見ると、社家によって凹凸やバランスに違いがあり、今回見た面は一番均整のとれた優美な面だった。無論出来のよしあしの話ではなく、他の社家の面では猿田彦や手力男により力強さがあったり、翁がとても親しみのある表情だったりする。面神楽でまず印象的だったのが鹿島神や大汝神、鈿命の面の白さだった。能面にとても良く似ている。資料によれば、現在の九面の基になったものは天保時代につくられたもの。能面技術が清廉された後であり、天保面以前に焼失した天正面を奉納した麻生氏と能との関わりから、能面の影響が指摘されている。

 興味深かったのは、問答での声の変化だ。修祓や祝詞奏上の時の声に比べ、日常会話の声に近く聞こえた。前者がまさに神に呼びかけるように、尾骶骨から頭の天辺にかけて背骨を通って出るような声だったのに対し、後者は胃の辺りの深さから出されているようだった。意図的な使い別けかわからないが、祓詞祝詞奏上に求められる身体があり、そこにカチッとはまったとき前者の声が出るのではないだろうか。身体のスイッチが切り替わることでかなり声が変化する、声が身体の一部であることの実例を見たのかもしれない。

 

 神楽奉納が進むにつれ、社殿内の人数も増えてきた。小中学生らしい子ども達もたくさん来ている。手には大きめの袋。筑前御殿神楽の事代の舞で撒かれる供物はかなり豪勢なのだ。手力男の舞で松明に見立てた房幣を座に向かって投げたときから、スライディングキャッチするほど熱くなっていたが、事代舞が始まると子どもたちが一気に色めきたった。はじめに事代主こと恵比寿神は釣竿の先に神酒の一升瓶(の絵)や鯛(の絵)をつけ、魚釣りならぬ子ども釣り。入れ食い状態だ。男子は事代主を「福山雅治に似てる」などと持ち上げなんとか気を引こうとしたり、ヒートアップしすぎて事代主から「反則」を頂戴したりしていた。子ども釣りが終わるといよいよ盛大に供物が撒かれる。小さな紅白餅はかわいいもので、房のバナナ、大根丸々一本、柿、みかんなどが次々投げられる。神楽奉納前に「袋持ってきた?」と聞かれた時はまさかそんなと思ったが、途中戴いた大きめの袋はずっしり一杯となった。

 

 翌日の本祭も末席で見学させて頂き、人生二度目の玉串奉納もさせて頂いた。長くなるのでここでは詳細は割愛するが、神の間の開扉閉扉の際に3回呼びかける声がとても印象的だった。前述の祓詞祝詞奏上の声に近しく、姿の見えない存在にリアリティを感じさせる声だった。前日とは当然ながら雰囲気も変わり、ゆるやかながらも厳粛な雰囲気の中で行われた。本祭との比較で前日は神職方も多少くだけた身体性だったようにみえ、それは氏子とともに神楽奉奏するという場に無意識的にか合わされた身体だったのだろう。本祭列席の氏子の方々も一本軸が通ったような身体だった。個々人の心構えというより、神職方はじめ身体の状態が相互に伝播することによって形成された雰囲気に思われた。目に見えないものへのリアリティは、身体を通して伝わっていくものではなかろうか。

 

参考文献

筑前神楽考―遠賀御殿神楽―』波多野學著