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民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

佃島念仏踊り 若林

佃島の念仏踊り



毎年7/13~15に、東京都月島駅から徒歩5分程の所で行われている。

かつて、海にあがってきた身元の分からない遺体や身内の供養の為に踊られたのが始まりだと言う。
その為、櫓の側に供養棚が用意され、踊る前には必ず手をあわせてから踊るようにと地元の方から声をかけられる。


私は、今年3日間の最終日に行った。

最終日は、その年新盆を迎える地元の方の名前が読み上げられ、
『この人たちも今日は一緒に踊っていると思って踊って下さい』という保存会の方からのアナウンスがある。

そのアナウンスがあってから21時半の終わりの時間まで1時間ちかくひたすら櫓の周りを踊り続けた。

その間保存会の方たちが、
『もうこれで来年まで踊れないからさ、みんな踊ってよ』
と言い、周りで見ている人たちを輪の中に入れようとする。

私は、昨年初めて佃島の念仏踊りに参加し、今年は2回目だ。

今年参加してみての印象は、昨年とは大分異なっていた。
それは、踊ることで全く知らない隣の人との共有感と言えばいいのか、浮遊感と言えばいいのか、ぼんやりと自分の輪郭が曖昧になってくる感じというのかが昨年参加した際にはあったのだが、今年はそれが得られなかったからだ。
得られなかったのは、自分の状態が昨年参加した時とは違っているからだとか、昨年は3日間のうちの初日に参加したからだとか、はたまた初参加であったからだとか、色々な条件が重なって、たまたま得られた状態だったのかもしれない。だが、仮にそうだとしても、偶然得られた状態にしては、なんとも心地よかったのと、また、私以外にも他所の地域から参加している人がとても多かった。
それは、やはりこの佃島の盆踊りに、私が昨年感じた浮遊感に似たを体感を得た人が、他にもたくさんいたということではないのだろうか。

私の感じた浮遊感が、きちんとした説明が出来なかったとしても、確かに多くの人が得た体感であるなら、私が今年参加した際に、その浮遊感が得られなかったのは、とても面白いことだと感じる。

先にあげたような、いくつかの理由は考えられるが、それが本当に影響しているのかは、今の段階では全く分からない。

この浮遊感を得られなかった原因を考察していくことは、盆踊りの本質に近付く近道なのではないかと思う。