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民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

江古田の獅子舞 清水

訪問:10月5日19:00~ 

【江古田の獅子舞】江古田獅子舞保存会発行パンフレットより

 約900年前、御嶽信仰のさかんだった時代に村の鎮守として創建された御嶽神社と、社僧として鎌倉時代に建立された東福寺とによって、鎌倉時代から江古田の獅子舞は始められた。御嶽神社は大正二年に氷川神社に合祀され、東福寺氷川神社別当となる。氷川神社が鎮守となってからは、獅子舞も氷川神社に属するようになるが、舞楽殿ができる前は東福寺境内にて行われていた。悪魔を降伏し災難を消除して氏子の幸福を祈祷するために伝授されたもので、昔悪疫が流行した際、村内各戸を巡り病魔を退治したことがあり「祈祷獅子」と称される。江戸時代には、東福寺は徳川将軍の鷹狩りの際の休息所であり、三代将軍家光も江古田の獅子舞を観ており、祭礼で行う獅子舞に「御用」と書いた提灯を掲げたのは破格の特権だった。東京都中野区無形民俗文化財

 

 

 台風による雨の為、奉納前の行列はなし。氷川神社に到着したのは、4幕目まで終わった中入りの19時頃だった。終了予定時刻の22時を廻って23時過ぎに終わったのだが、遅い時間になるにつれて舞を見守る人々は増えていった。主に舞手の家族・友人・知人のようで、ほぼ全員が誰かしらと知り合いという、近隣の人々ばかり。中には卒論で江古田の獅子舞を採り上げて以来、記録係として毎年関わっている方も。聞いたところでは、江古田地域の5町が集まっているとのこと。若者も多い。江古田の獅子舞では、舞手以外の人々が「見守っている」という感じを強く受けた。

 

 見ることができた演目は5幕~7幕の「帯」「四つがかり」「帯」。同じ「帯」でも舞手は異なる。演目毎に内容の解説と舞手の紹介が入る。今年はじめて女獅子でデビューした小学生もいれば、数十年選手のベテランもいる。親子で大獅子と女獅子を演じていたり、10年来のタッグを組んでいる舞手がいたり。かなり層が厚いようだ。

 登場するのは大獅子、女獅子、中獅子、花笠、介添。女獅子、中獅子、花笠は小学生含め若い年代も多く担当するが、大獅子はベテランが担当。位置の修正や誘導、途中の水分補給を行う介添は年配の方々。女獅子、中獅子を経て大獅子を務めるパターンや、かつては獅子を舞っていた人が介添として見守り役になっているパターンがある。かなりふさふさした獅子頭は、新潟の尾長鳥の羽を使っているのだそうで、昔はさらにボリュームがあったのだとか。4種の舞の順番は厳正なるくじ引きで決められる。

 囃子は笛のみ。通常の笛は7穴だそうだが、江古田の獅子舞では6穴のものを使用しており、よりはっきりした、勇壮な音色になるとのことだった。笛方の若手と呼ばれる人でも8年やっているのだとか。花笠含め舞手は全員男性。笛方には女性もいるが、基本的に全員男性で行うそうだ。ただ今後は女性も入れないと人数の確保が難しくなるかもしれないとのことだった。保存会の方々が地元の小学3年生を対象に1年教える機会があるそうで、舞手希望者を聞くと手を挙げるのは不思議なことに女の子ばかりなのだという。

 

 社務所内はフラットスペースで、見物人の席があり、その前に幣などで神前が設けられ、そこを挟んで舞の場がある。置くには紅白幕が張られ、準備スペースとなっている。つまり、見物席は神様の方向となる、ある意味特等席だ。舞の途中で飛ばされる投げ銭は介添によって神前に供えられる。

 ざっと舞の内容に触れると。

 「帯の舞」

 女獅子による四方固めの後、中獅子が二つある舞のどちらを舞うか思案。笛の演奏を合図に、舞を決定。中獅子による厄払いの舞が終わると、愈々大獅子の出番。神前で低い体勢から起き上がる動作を繰り返し、前面を覆う紫の布(こうがけ)の中で拝む。その後、両手の短い撥を編み物のようにくるくるとあわせ、身を清める。これは修験者の印結びだそうだ。最後に厄を祓いながら神前から下がっていく。そしてここから「帯の舞」が始まる。

 大獅子が魔物に憑かれて深い眠りへ落ちていくのを、女獅子と中獅子が太鼓によって阻止しようとし、徐々に覚醒した大獅子は神前で唄ってみせる(実際に声は出ない)。覚醒して力をつけた大獅子は東西南北を踏み固め、神前にある帯をどこで呑もうか思案。正面で呑んだところに女獅子、中獅子が合流し三匹で舞う。帯を呑むのは、悪しきものを呑みこんでしまうという意味合いらしい。また、白くて長い帯は腹帯でもあり、安産祈願の意味合いもあるそうだ。一つ一つの動作の反復回数が多く、じっくり60分程かけて行われた。

 

「先の舞(四ツ掛り)」

 大獅子と中獅子による女獅子の奪い合い。中央に集まった花笠がつくるボタン畑の周りをぐるぐる巡りながら、女獅子に猛アピール。若さに任せて猛スピードで女獅子に駆け寄る中獅子、どっしり構えて大人の余裕を醸す大獅子。そんな二頭に、どっちつかずな素振りでゆるゆる歩く女獅子。たっぷり焦らした後、大獅子が強引に女獅子を奪おうとするが、それに驚いた女獅子がボタン畑に隠れてしまう。大・中の二頭は競うように女獅子を探す、花めぐりの舞。中獅子が先に女獅子を発見し、大獅子から隠す。大獅子は女獅子の気を引く方法を考えるが、中獅子にフェイントをかけて誘い出し女獅子を奪おうとうする。ところが今度は女獅子が若い中獅子を気に入り、二頭でイチャつきだす。それを羨ましがる大獅子。最終的にはやはり三頭仲良くがいいとなって一緒に舞う。盛り上がって80分。

 

 獅子の抱える太鼓が約3キロ、獅子頭は7~8キロあるそうだ。首だけ振るとバランスが取れないし危険なので、身体ごと大きく振るのだという。低姿勢をキープしたり、獅子頭で視界が狭いなか走り回ったり、長時間にわたる舞はかなりハードだと思われるが、どの舞い手も体力切れになることなく安定した舞を見せていた。

 殊に、「先の舞」はかなりの盛り上がりを見せた。この日6幕目の中獅子と大獅子は10年来のコンビで師弟関係でもあるそうだ。女獅子を探す「花めぐりの舞」の際中、どちらが如何に後ろに反れるか競い合う。「帯の舞」でもみられた動作だが、この二人の反りが最もキツく白熱していた。更に、見守っていた若い男性からヤジが飛ぶ。「中獅子、腰高けぇーぞ!大獅子に負けてんぞ!!」 体育会系のヤジが、いい塩梅のプレッシャーとなり舞い手がさらにヒートアップ、見物席の期待と集中力もぐっと増す。盛り上がりの結果、花めぐりの舞は3回繰り返された。その度により反っていく中獅子に今度は「いいズォー中獅子!かっけーぞ中獅子!!」とヤジが飛んだ。

 「先の舞」が始まる前、笛方では踊りやすさを考慮してテンポをゆっくりにする相談がされたのだが、舞の途中で大獅子からの「もっと速く」という要望が介添を通して伝えられていた。聴いていて明確に速くなったようには感じなかったが、こうした音とのやりとりや、民俗芸能や伝統芸能での音の取り方は興味深い。

 舞の後の解説でも「色恋の話は(現代の我々にも)親しみがある」と言っていたが、それも含め、タイミングの良いヤジや獅子の舞手の競い合いによってか、6幕目の「先の舞」では観る側も含めた会場全体に熱気が立ち込めていた。舞の終わった後も「興奮冷めやらぬ」といった雰囲気だった。

 江古田の獅子舞には、由緒書というものが無いらしい。紛失してしまったのか定かでないが、残っていないそうだ。どこからどういった経緯でどんな人の手によって伝えられてきたのか、長年関わっている人でもわからないという。見物席で強く感じたのは、奉納への意識や祓いや祈願といったものよりも、舞手の成長や賢明さを、叱咤を交えながら見守る雰囲気だった。自分の出番が終わった後も、会場の片隅でじっと舞を睨みつけるような目で見ていた若手の面々がとても印象的だった。「地域の繋がり」と呼ばれるようなものがあるから成り立っているのか、或いはこの祭や獅子舞がそういった繋がりを維持する役割を果たしているのか、わかりやすい説明は難しいのだが、江古田近隣5町の中で獅子舞が機能しているとはいえそうだ。その機能を、過不足無くどういった言葉や形で表せるのか、考察していきたい。