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民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

猿追い祭り 萩原


群馬県片品村「猿追い祭り」国指定無形民俗文化財 - YouTube

 

2014年10月16日

群馬県片品村花咲 武尊神社

 

 片品村群馬県の北部にあり、福島県や栃木県と県境を接する村だ。6時半の上野から電車でおよそ3時間かけて沼田駅へ。さらにそこからバスで1時間山道を上がっていく。「猿追い祭り」を見るためだ。

 「猿追い祭り」その響きだけで、わくわくしてしまう。しかも、赤飯を放り投げる謎の儀式つきとくれば、行かない理由がないだろう。

 

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 武尊口というバスで下車。そこからバスを乗り換えようとしたところ、なんとバスは午前中に1本だけ。午後の便を待っていると、祭りが始まってしまう。タクシー代も勿体ないので、残り5kmの道をとことこと歩き出す。すると、道路の向こうに野生のシカ(男鹿)を発見! 「あの角で突かれたら、死ぬよな」と考える。あ……スマートフォンを取り出し検索。やはり、片品村にはクマも出没しているようだ……。

 クマを警戒するため、歌いながら歩いていると(こう書くと、ひどくバカみたいだけど、命には替えられないんだよ)、車が停車し、なんと神社まで乗せてってくれるという。話を聞くと、どうやら、ペンションを経営してて、送迎の最中ということだ。ありがたい! 車で、あっという間に神社につく。

 祭りは13時から行われる。羽織袴を身につけた氏子たちとともに、続々とギャラリーやらテレビの取材やらがやってくる。いかにも山奥の神社というような長閑な雰囲気。「袴似合ってねえよ」と高校生のような口調で、おそらく50歳を過ぎた男たちが会話を交わしている。この人らは多分、子供の頃からずーっと一緒だったんだろうなあ。

 13時から、氏子たちは神社に行列になって入ってくる。行列を作る前は、私語ばかりで神主のいうことを全然聞いてなかったのに(おっさんというかもはやおじいさんの年代なのにひどすぎる……)、行列で境内に入ると、とたんに私語がなくなる。「演技」をしているのかーと感心。そして、本殿に入った氏子たちは、神主の祝詞奏上を神妙な顔をして聞いている。

 猿追い祭りは大きく3部構成に別れる。

 まずは、拝殿前で行われる「エッチョーモッチョー」という儀式。これは、東西に分かれて、風呂敷を被った人々が「エッチョーモッチョー」の掛け声を上げながら、赤飯を投げ合うといういったいなにがしたいのかよくわからない代物だ。そして、拝殿内で「宴会・謡交換」が行われ、東西それぞれが「高砂」「四海波」を歌い上げる。そして、3曲目の「千秋楽」が歌い始められると、突然、猿が飛び出して「猿飛び出し」の儀式に移っていくのだ。白装束に幣束を持った猿役を、地域の子供達が追い回す。グルグルと3周をめぐる子どもたち。しかし、この際、絶対に追い抜いてはいけない。猿を追い抜けば、たちまち不作になってしまうという言い伝えがあるのだ。

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 紙芝居によれば、白い猿が畑を荒らして困っていたことから始まったこの祭り。この猿が曲者で、宴会の最中にもやってきたというのだ。そして、慌てて、この猿を追い返そうと赤飯を持ちながら、やおら飛び出したため、赤飯をこぼしてしまったことから行われるようになったのが、「エッチョー・モッチョー」である。しかし、また別の一節では、東西の集落で喧嘩が勃発し、その様子を表しているともいわれている。紙芝居として、「正当な」祭りの由来をまとめようとしても、どうも纏まらないという苦労を聞いた。こういうことは、民俗芸能を見るたびによくぶち当たる。そのように、不確定な歴史(しかも、不確定であることを全く気にしてない)に触れるたび、はたして現代人はどうして「過去」の「事実」にこだわっているのか、ややわからなくなる。歴史意識とは、いったい何時頃から根付いたものなのだろうか?

 東西2つの集落に分かれ「エッチョー」「モッチョー」と掛け声を上げながら、赤飯を投げていく。「エッチョー」は「栄長」、「モッチョー」は「茂長」という縁起のいい掛け声であるようだが、そんな意味なんか吹き飛ばしてしまうほどシュールな光景だ。後ろで見ていた子どもたちは、いったいどんな気持ちでこの儀式を眺めているのだろうか? 
「俺の地元にさ、赤飯を投げる儀式があるんだよ。それでさ、その後に、猿を追うんだよね。うん、そう、あの猿」
「お、おぅ」
おそらく、聞き手を選ばなきゃ、とても話せない話題になるだろうし、最悪「嘘つき」と言われるかもしれない。それぞれが抱えるお櫃の中の赤飯を全て投げたところで、この儀式は終わる。

 あまりにシュールな様子に唖然としていると、中では再び宴会が再開される。そして、境内に堕ちた赤飯は、住民たちの手によって、ゴミ袋にまとめられ、捨てられていた。

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 そもそも、この祭り、宴会の時間がえらく長かったそうだ。飲み食いしている人間にとってはいいが、ギャラリーにとっては退屈極まりない。そこで、近年は、この宴会の時間が短縮化されているという。まあ、懸命な判断だろう。でも、これもギャラリーに対する配慮という風にも言えなくない。つまり、昔の祭りには「観客」は存在しなかったのだろう。

 そして、謡交換として、宴会の席上で東西の集落によって、歌が歌われ、その3曲めとなる「千秋楽」で事件は起こる。そう、猿が境内から飛び出してくるのだ。

 「来るぞ、来るぞ……」緊張の面持ちで見守るギャラリーたち。そして、白装束の猿が飛び出してきた! 氏子、ギャラリー、小学生たちは、一斉に駆け出す、決して、早いスピードではないが、猿もそこそこ本気の走り。みんな追い抜かないように慎重だ。境内を3周右回りする追いかけっこが終わると、猿はそのまま神社の本殿の中にスッと姿を消してしまった。その鮮やかさはまるで猿のようだったと言えなくもないけど、いかんせん、姿が人間だからなあ……。

 帰り道、せっかくなので、吹割の滝を見て帰る。