芋競べ祭り<後編> はぎわら
近江の芋競べ祭り 国指定重要無形民俗文化財 - YouTube
長すぎる神事が始まってから2時間。ようやくメインの芋くらべがスタートした。
芋の長さを測る3番丈の手には、半分に切った木の棒が握られている。どうやらこの木の棒を使って長さが図られるようだ。芋くらべという名前だが、比べるのは、里芋本体ではなく、親芋から葉っぱの先までの長さである。固唾を呑んで見ていた所、3番丈は、不思議な踊りを踊り始めた! いったい、これは何だ……。上半身を曲げ、足を交差させ続けるこの奇妙な踊り(確か、ボクデスの作品にこんなのあったような気がする)。5秒位すると体制を立て直し、竹の向かいにいる人が扇子でぺしっと竹を打つ。またふにゃふにゃと動く。しばらくすると、観客は気づくはずだ。「測る気ないじゃないか」
どうやら、ものさしを一回おいてはふにゃふにゃ、さらにその先にもう一回置いてはふにゃふにゃとしているようで、測っているつもりらしい。しかし、「さっきはここまで測ったから……」といった正しさを求めているわけではない。適当に置きつつふにゃふにゃ動いている。
自陣の芋を測り終わると、次に相手方の芋を測る。もちろん、ふにゃふにゃだから、ちゃんと測っているわけではない。両方図り終わると、お互いの3番丈が向かい合い跪く。
「東の芋より西の芋は1丈も2丈も3,4丈も5,6丈も長う打ちましてござる」
「西の芋より東の芋は1丈も2丈も3,4丈も5,6丈も長う打ちましてござる」
どう考えても1丈もの差があるわけない。まじめに測れよ、と思うわけだが、双方言い張ってきかない。そして、2番丈が
「双方長い長いともうしまするが、互いに欲目もあること。今一度改めさせては如何でござるか」
と話し、再び、ふにゃふにゃふにゃふにゃと測りだす。
おそらく、このフニャフニャは酒に酔っ払った千鳥足を表しているのだろう。けど、ほろ酔い気分でふにゃふにゃーならばともかく、敢えてこれをやるのは体力的に相当しんどい。東のロッカーには汗が滴り厳しそう。一方、西の西郷は体力があるらしく余裕のようだ。僕は、東の道行を見たこともあり、東側を応援する。あ、でも東が勝ったら不作になるので困る……。
ふにゃふにゃふにゃふにゃがだんだん、ゼーゼー、ハーハーに変わっていく。一回でもなかなか厳しいのに、3回も4回もこれを繰り返す。しかも、直前には酒をガンガン飲まされているのだ。東の3番丈が転倒し、笑い声が起こる。しかし、やっている本人にとって笑い事じゃない。こんなにふざけた祭りなのに……。
様相は神事からスポーツへと変わる。まるで甲子園を見ているかのようだ。一生懸命頑張る姿は、人の胸を熱くする。たとえ、それが芋の長さを測ることでもいいのだ。ここには、もはや滑稽さはない。ただ、芋を測るという情熱だけだ。繰り返されるふにゃふにゃと、「もう一度改めよ」の声。これは、奇祭版マームとジプシーなんじゃないだろうか。
そして、突然、祭りは終わる。「只今の義につきましては、わずか1分ばかり短こう打ちましてござる」と西の3番丈。ついに西が負けを認めた! 勝った! 東が勝ったのだ!
正確には、東は9尺3寸7分、西は8尺6寸と7寸の差。全然1分なんていう微妙な差ではなかった。
上気しながら、どこか嬉しそうな東の3番丈。クールな表情だが、悔しさがにじみ出る西の3番丈。この後、社務所に場所を移して祭りは終わった。
けど、東が勝てば不作なのだ。それじゃ、東の人も西の人も困るじゃないか、これでいいんだろうか? 東の人に聞くと「まあ、これはこれ」ということだが、ちょっとだけ嬉しそう。やっぱり、勝負に勝つと誇らしい気分になるようだ。
印象的だったのは、話を聞く人聞く人、「俺の頃は……」と目を細めながら語っていたこと。かつては長男だけしか参加できなかったけど、ここにいるほとんどの人は参加しているらしい。また、「あんなに大きくなってー」と先輩方から感想が漏れ聞こえる。成人式のように、芋くらべ祭りに参加することは大人になった証なのだろう。
ところで、西の勝で豊作、東の勝で不作と決められているが、これはあながち根拠が無いことではない。東の集落はやや高い土地にあり日差しが豊富な代わりに、西側の集落は土地が低く水が豊富になる。天候が良ければ、日差しの少ない西の集落でも芋がぐんぐん伸びるが、天候が悪いと、西の集落に日が入らず、東の芋のほうが長くなる。今年、西日本は長雨に見舞われて天候が不順だった。奇祭には奇祭なりの経験と、理屈があるのだ。
帰り際、東の3番丈に遭遇。普段着の彼は、PLAYBOYのジャージを着たイケメンだった。年齢は20歳で普段は工場に務めているが、この祭りのために休みを貰ったという彼。儀式のさなかに2回ばかり転んでいたが、「全然大丈夫ですよ」と、若者らしく笑い飛ばしていた。おそらく、来年も彼は芋くらべ祭りに参加するはずだ。