民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

鬼来迎 萩原


鬼来迎 国指定重要無形民俗文化財 - YouTube

調査日:2014年8月16日
調査者:萩原雄太

 千葉駅から総武本線に乗って1時間。横芝は東京から2時間の距離にあるとは思えないくらい田舎だ。その上、全く山がなくダラダラと田園風景が広がるから、電車に乗っていても何も面白くない。そんな横芝光町の虫生地区にある広済寺では、「鬼来迎(きらいごう)」という地獄劇が上演されている。

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 横芝駅からコミュニティバスに乗って20分、虫生地区にたどり着く。里山に囲まれた、これまた田舎を絵に描いたような集落で、周囲を里山に囲まれているからか、携帯電話も圏外になる。当日は14時から寺の檀家が集まり施餓鬼会が行われ、これが済むと鬼来迎が始まる。

 国の重要無形民俗文化財に指定されている鬼来迎。登場人物は、閻魔大王や、赤鬼・黒鬼コンビ、そして鬼婆など。元々、仏教の「勧善懲悪」や「因果応報」などの教えを説くために鎌倉時代から行われてきた。現在でも虫生地区の人びとが、仮説舞台の設営から上演までを行っている。

 いったい、こんな場所まで誰が来るんだろう? と思いきや、来るわ来るわ、狭い境内には200人ほどが詰めかけ、椅子席は早々に埋まってしまう。地元住民だけでなく、民俗芸能ファンのアマカメラマンや、大学で民俗学を選考しているような学生などが多々結集し、上演開始予定時間の15時を今か今かと待っている。

 ただ待っているだけでも面白く無いので、近所を散歩していると、「マジックショーやります」というダンボールに描いた不思議な看板が目に入ってくる。おや? と思いきや、「マジックショー見ませんか!?」と、小学生くらいの男の子と女の子。どうやら、鬼来迎を目当てに集まってきた観光客に、マジックを見せたくてしかたがないらしい。「何してんの?」と声をかけると、カモがネギを背負ってやってきたと見たらしく、次々にマジック(どうやらこどもちゃれんじの付録でついてきたらしい)を披露する。さらに、ひと通りマジックが終わると、今度はこっち来て! と。『となりのトトロ』の猫バスに見える山があるという。うん、確かに見えなくもない(写真を撮り忘れた……)。「鬼来迎見ないの?」と話を振ってみると、なんと男の子は出演者のひとりだという。「3番目に出てくるから、絶対に見逃しちゃダメだよ」という。3番目? よくわからないが、写真をとってあげると約束すると、いたく喜んでくれる。

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 上演開始予定となる3時を過ぎても施餓鬼会は一向に終わる気配がない。のんびりとその終わりを待つ人びと。そして、ようやく終わったと思ったら、そこから準備にとりかかるようだ。えっと……これ、始まるのいつになるんだろう……。民俗芸能で待たされるのは慣れているが、何のアナウンスもなく、棒立ちのまま待たされるのはいつも閉口してしまう。「鬼来迎」と大書された幕が舞台に引かれているが、風で捲り上がってしまっていた。

 本堂の中で演者たちがのんびりと着替え、ようやく鬼来迎が開始されたのは16時前。およそ1時間押し。何のアナウンスもなく、おもむろにシンバルとツケのような鳴り物が鳴らされると、上手に幕が開いていく。すると、そこにいるのは2人の人間。舞台清めのために塩をまく儀式だという。パフォーマンス的な素振りは見せず、淡々と塩をまき、すぐに幕は閉じられた。

 そして、しばらく待ち、幕が開くも、まだ本編ははじまらない。次は鬼婆が登場し、子どもを抱く「虫封じ」の余興だ。鬼婆に抱かれ、泣いた子どもは健康に育つと言われていることから、この日は18人の新生児がひとりづつ鬼婆に抱かれる。道理で、子どもを抱いた若い夫婦が多いわけだ。「ウワー!!」という鬼婆の声に、子どもが泣き出すと、会場内は和やかな大人たちの笑いに包まれる。きっと、子どもにとってはたまったものではないだろう。可哀想に。

 そして、いよいよ本編だ。元来、7段があったものの、現在は4段に簡略化されている。

 まずは、大序。閻魔大王が登場し、鳴り物に合わせて動いている。舞のような華やかな動きではないが、ゆったりと大股でドシンと足を踏み出し、首をコクリ、コクリと頷く。どうやら、あたりを睥睨しているさまを現している様子。次に、倶生神が登場し閻魔大王と同じ動きで入ると、まるで、ヒーローのような決めポーズ。さらに、先ほど出てきた鬼婆や、持ちギャグであるかのごとく「ウワッハッハー」という掛け声とポーズを決める赤鬼、黒鬼が登場し、最後に白い布をかぶった亡者が登場する。どうも、この亡者が主人公のようだ。

 顔見世的な感じでこのシーンは終わり、幕が引かれる。すると、保存会の会長が出てきて挨拶をはじめた。後継者不足が深刻なようだが、今年はなんと4人も入り、うち2人がデビューしたということ。また、ポーラ財団の支援を受けていること、周囲の部落ではこのような芸能が行われていたが、ほかがどこもやらなくなってしまったことなどが語られる。とりあえず、続きが観たいんだが……。

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 次は、「賽の河原」だ。地唄をBGMに地獄の亡者が子どもたちと一緒に登場。どうやら、この子供役のなかに、先ほどの子どもがいるらしい。望遠レンズで探すと、石積みをやっている男の子がいたので激写。運動会のパパの気持ちが少しわかる。石を積んでいると、さっきの赤鬼、黒鬼が登場し、亡者をいじめる。そこに、どこからともなく現れた法師。鬼から彼らを救い出し、彼らを連れて去って行くと幕。

 5分くらいであっさりと劇は進行していく。シーンの状況がわかったところで幕引きになっていくのでだんだんとフラストレーションがたまる。それでもポンポンとテンポよく進んでくれれば「ショートコント・地獄」という風情で楽しめるのに、何に時間がかかっているのか幕間が非常に長い。本編よりもはるかに長い。これは、僕の時間感覚と、虫生地区の人の時間間隔の差なのか?

 釜茹での釜は、ベニヤに描いたハリボテの釜。ちょっと学芸会チックでかわいらしい。どうも、亡者が釜茹でにされており、さらにもっとひどい仕打ちへと連れ去られてしまうというようだ。「ゆだったか」「まだまだ」と赤鬼・青鬼。たまに釜から顔を出し、鬼たちに引っ込められる亡者。ようやくノリがわかったところで、またしても幕引き……。長すぎる幕間を経て、最後に、「死出の山」。鬼婆と赤鬼に、山を登らされ、さらに登ると黒鬼に脅かされるという散々な目に。しかし、そこで、観音が登場。どうやら、観音が救ってくれたようだ。現世で悪いことばかりしていると、こうなっちゃうから気をつけようねということなんだろう。クライマックスに、黒鬼が卒塔婆を叩きつけて終了する。

 と、芝居の中身は実質20分とか30分くらいだったような気がするが、とにかく幕間が長い。仏教の教えを広めるという意味ではわかりやすくエンタメ的にしたい(つまり、これはデパートでやっているヒーローショーのようなものなのだ)のだろうが、それもなんだかちょっと中途半端な感じ。盛り上げるべきところで、微妙な空気が流れたりする。昔の人は、これを楽しめたのだろうか? 多分、ちょっとずつ変わっていってしまったんじゃないか? ちょっと不完全燃焼のまま終わった。

 あとは、発声だ。面を付けているからどうも発声がこもってしまう。にもかかわらず、どうも現代演劇みたいな発声をしているので、ただ篭って聞こえにくいというだけになっちゃうのが残念。特に、クライマックスの卒塔婆を叩きつけるシーンは、節回しや発声法だけで解消できるのに……なんだか声が空間に満ちておらず、スカスカに感じてしまった。これも時代が下ったことによって変化してしまったのではないかと邪推する。

 なんか、悪口ばかり書いているような気がする……。いや、実際あまりよく感じなかったのは事実なんだけど、あまり悪いことばかり書いてても、読んでても気が滅入るので引用する。劇作家の北條秀司が昭和44年に書いた『奇祭巡礼』(淡交社)という本に、鬼来迎が紹介されているのだ。

「亡者がなかなか泥を吐かないので、いきり立った大王が浄玻璃の鏡にかけろと大喝する。悪業が鏡に写ったらしく、亡者は獄舎へ拉致されてゆく。その終端のさまを芝居気たっぷりの身振りで見せる。セリフもしっかりと言っている。
『おもしろいじゃないか。こいつは拾いものだった』」

 帰りにバスが無くなってしまっていたので、歩いて帰ろうとしたところ、男の子の親戚が駅まで車で送って行ってくれた。どうだった? と聞くと、「上手くできた!!」ということ。だが、その心は、鬼来迎よりもマジックショーに向いているよう。先ほどのマジックをまた見せてくれた。鬼来迎はお前が受け継いで行かなきゃならんのだよ、と心の中で思った。