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民俗芸能調査クラブ2014

民俗芸能調査クラブは、ダンサー、演出家、俳優、音楽家などのアーティストが、民俗芸能をリサーチし、自身の活動に結びつけるためのプロジェクトです

鷲宮神社夏越祭 人形流し 清水

【小レポート】鷲宮神社夏越祭 人形流し

 7月31日に見た鷲宮催馬楽神楽(土師一流催馬楽神楽)は、夏越祭に際して奉納されたものだった。先のレポートにも書いた通り、この地域では6月末は田植え作業で忙しかったため、月遅れの7月31日に行われている。神楽殿と本殿の間に、本殿に向かう形で大きな茅野輪が設けられ、境内には人形(ヒトガタ)流しの受付が設置されていた。神楽奉納中も、茅野輪をくぐったり、人形を納めたりする人々が継続的に訪れた。

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 人形とともに車用の形代も準備されている。個人的に出身地が近いので、せっかくだから人形を納めることに。名前と住所を記入した人形で身体を拭き、息を3回吹きかけ「穢れを人形に移して」封筒に入れ、“お気持ち”とともに受付へ渡す。

余談。この“お気持ち”、相場がわからなかったのだが受付で聞くのも憚られ、変なプレッシャーが…。封筒に入れた状態で渡せばよかったのかもしれないが、まごついた結果、受付の人にしっかり金額(小銭)を見られてしまったので、なんともバツが悪かった。

 神楽の後、16時頃神社から行列が出発したそうだ。近くの郷土資料館へ行っていた為、出発を見逃した。大概お祭りは時間にゆるくて、暑いし、始まりも遅れるだろうと高を括って神社に戻ったら、行列の姿はどこにも見当たらず。同じように、人形流しの行列を見ようと来た地元の人が「えー出発しちゃったの?早いねー」とブツブツ言っていた。近年は終わる時間を考慮して巻いているそうだ。

 仕方がないので、行列の目印である馬の目撃情報を頼りに、「馬通りました?どっち行きました?」と聞きながら追跡。加須の方の古利根に流すと聞いていたので、川を目指す。民家も人気もなくなってくる田圃の中を不安と共に歩いていると、所々で白い小さな四角い紙が撒かれているのを目にした。ゴミかとも思ったが後から聞いた話、行列が通りながらこれを撒くのだという。

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 奇跡的に馬の行列の到着と同時に、会場となる川岸へ着けた。神社から距離にして徒歩30分ほど、近くの看板にによると「葛西用水」とのこと。行列は1時間以上かけて住宅街の間を抜けてきたようだ。コンクリートで整備された川岸には、すでに祭壇や椅子が並べられ、笹御幣の結界の内側には二畳ほどの舞台が敷かれていた。祭壇に向かって左側が鷲宮神社関係者と笙・笛・歌・笏拍子の楽隊、右側が近くの荒磯神社と神楽保存会の参列者のようだ。マイクでの司会が入りつつ、祝詞、巫女による舞の奉納、参列者の人形納め(その場で配られた人形に「穢れを移す」あれ)などを一通り行う。岸で見守る人々は50人程だろうか、神楽奉納の時より小さい子どもを連れた人が多かった。幾度か祝詞をあげるとき全員起立し頭を垂れるのだが、マイクの司会に促されみなさん粛々と従っていた。

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 40分くらい経ったろうか、漸く人形流し。子どもとカメラおじおばさんが走り寄る。神事をしていた会場のすぐ脇に、川床のような張り出しが設けてあり、そこから人形を撒く。風向きにより岸に返ってしまう人形も、すべて回収されて流される。比較的最近まで川に木製の小船を出して撒いていたらしいが、なくなってしまったとのこと。人形流しが終わったあとの撤退はあっさりしたもので、祭壇を片付ける手つきは作業そのものだった。あまり重要でないのかしら。

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 神社側の神主らしき2名が茶と白の馬に乗り、往きとは異なる道を通って神社へ向かう。行列が通るのは合併前の旧鷲宮町だった地域だそう。時折民家から人が出てきて行列が過ぎるのを見ていた。もう帰るだけだからか、猿田彦はもはや面をつけていないし、馬上の神主がケータイで電話する場面も。一日がかりの神事が終わって弛緩したのか、表情も身体もリラックスしていて、心なしか神楽奉納のときより楽しげだ。神社前の参道に近づいた辺りで、車で移動していた年配の参列者たちが合流。提燈を持って馬に付いていく。短縮したとはいえ年配者には辛いらしく、「馬が速い」と息を上げながら歩いていた。商店街の人々から「おつかれさまでした」と声をかけられる中、神社到着。特に挨拶などはなく弁当を貰った参加者はすぐに着替えへ。解散。馬はレンタル元に返す車へ。

 神楽が重要無形文化財の指定を受けた影響で、神社の全体の祭事もしっかり保存しようとしているのだろうか。人形を川へ撒くときは若干の盛り上がりがあったが、それ以外は形の保存が目的になってしまっている印象。神楽にしろ、川岸での神事にしろ、その時間を耐えて過ごしているように見えた。ただ、神事を見守っていた人々に関しては、わざわざ川岸へ来て2時間強の神事に同席するなど、神楽奉納のときと比較すると若干積極的にコミットしようとしているようだった。人形流しという形式と厄払いの願いがまだしも一致しやすいから、ということだろうか。